August 2017  |  01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31

VIENNA

 ウィーン 一人歩き

 



 

          「カフェハウス」は、単にコーヒーを飲む建物ではなく、
       奥深い食文化の殿堂であり、憩いを提供する創造的空間です。

  
オーストリアの Cafe の歴史、文化、を学ぶために ウィーンのカフェ協会 の方にお会いして
  多くの貴重なお話しや助言をいただきました。
  そして 2001年秋、群馬県庁 昭和庁舎に cafehaus G FACE は生まれました。




私は20世紀末までは オーストリア に関する知識はほとんど皆無で、唯一 知っていることは歴史教科書で学習した オーストリア=ハンガリィー
二重帝国の領主、ハプス・ブルク家 の名前程度です。 仕事で欧州には行く機会がありましたが、イタリア から東方向を訪れることが
なかった私はなぜか東欧州に興味を感じていて、
昭和庁舎に建てる カフェ はイタリア、フランス、スペインで見る魅力ある カフェ よりも、
ハプス・ブルク時代の ウィーンのカフェを感じられる店舗にしたい思いがありました。
オーストリア大使館 商務部 の協力を受けて ウィーン・カフェ協会の方とお会いすることができて
多くの貴重なお話しを聴くことができました。 



「トーマス・クックの時刻表」 をリュックに入れて旅をしていたことを思うと、現代はいろいろなツールでレアな情報が瞬時に入手できますが、
21世紀になってから オーストリア を訪れる機会に恵まれた私は、アナログ的 淺情報 淺知識 で、 観光情報 はやめにして 感動情報 に
しぼり
VIENNA 旅 をお伝えします・・・
    

 自然光が朝夕と注ぐように、教会では珍しい大きな
 窓が東西にあります。その窓を美しく飾る
 ステンドグラス は、コロマン・モーザー の作品。
 この時代を牽引した芸術家達が手がけた 主祭壇の
 モザイク画や黄金の天蓋が後方席からも見えるよう
 に、床は穏やかな傾斜になっています。
 天使のデザインも独創的で 107年前の建築デザイン
 とは思えません。

     シュタイン・ホーフ教会 (サンクト・レオポルド教会) 1913年完成
1907年、精神病患者の治療看護施設内の教会として オトー・ヴァーグナー
(1841-1918)が設計。
稀代の天才として、歴史主義の泥沼から建築を救い出し、現代建築への道を切り拓いた。 都市計画家、建築家、デザイナー、教育家、
建築理論家、として卓越した存在。 建築に機能美を与えることを提唱し、考えを共有する最高の芸術家たちを起用しているそうです。

グスタフ・クリムト らと共に分離派を創設したメンバーの一人です。

     「今日創造されるすべては、新たなマテリアルを用い、現代の要求に応えるものでなければならない。
  それが新たな人類に相応しいものであるためには、現代の進歩的・民主的で先鋭な思考を表現し、技術的・科学的進歩を踏まえ、
                    実用性を備えたものでなければならない。」 1895年
オトー・ヴァーグナー


                   シュタイン・ホーフ教会 (サンクト・レオポルド教会)
                 アクセス : 地下鉄U4 Unter St. Veit 駅から バス47Aで終点。 精神病センターのゲートでは挨拶して入場することを勧めます。
                 クリムト・ヴィラ は 同じ駅から シュタイン・ホーフ教会とは逆方向の住宅地に在ります。徒歩7-8分ですから是非、訪ねてみては・・


 彼が手がけた建築は市内にいくつもあり、その全てが一世紀を超える時間を超越しています。
  
 Wiener Schutzenhaus ドナウ運河の岸に建つ旧荷揚げ倉庫? 内部はレストランに改修。  KARLSPLATZ駅 現在は駅としては使用されていません。

   
 1904〜1906年に建築された 郵便貯金局、内部にはアルミ材がふんだんに使用され、当時のデザインのまま利用されています。 家具もとてもお洒落です。

弟子の ヨーゼフ・ホフマン らと共に「マジョリカ・ハウス」や コロマン・モーザー による壁面意匠が独特の アパートメン トを完成させる
など19世紀末のウィーンではそれまでの歴史主義からの変革が芸術家により進められていくことになります。
アメリカ帰りの建築家、アドルフ・ロース
(1870-1933) が手がけた ロース館(1910年)や内装をデザインした カフェ・ムゼウム は、
現代建築との違いを見つけることが難しいようなデザインで当時としてはかなり斬新な建物と思います。

当時建築やインテリア、食器に至る生活に関わる全般の「総合芸術」を掲げて ヨーゼフ・ホフマンとコロマン・モーザー、財政支援者の実業家、
3名で設立
(1903年) した「ウィーン工房」は、大量生産の粗悪品を廃し、質の高い職人の手仕事を理想とした アーツ・アンド・クラフツ運動
の思想を受けて、機能性と合理性を追求しつつ装飾性のあるモダンなデザインの数々を創造しています。
また、ロンドンやパリでも起こっていた新しい時代に呼応しつつ、自由な芸術的創造と自国の芸術の発展を国際交流をもって図る
意図で結成
(1897年)された「分離派」には 画家、彫刻家、建築家、デザイナー、などが参加して新しい技法や素材を自由に試すようになり、

「ウィーン工房」とは密接な関係を築くようになります。 
この「分離派」=セセシオン・オーストリア造形芸術家連盟の初代会長が グスタフ・クリムト(1862-1918) 
です。


 ウィーン市庁舎前広場からブルク劇場方向では、7月〜8月にかけて入場無料の音楽映画フェスティバルが開催されています。  
 歴史的なオペラ、オペレッタ、バレエ、
 ジャズなどの記録映画が大型スクリー
 ンに上映されます。周辺にはフード・
 スタンドが並び、アルコール・ドリンクも
 注文できて文化と味覚が融合した催し
 が11時頃まで楽しめます。

 市庁舎近くの公園では若いカップルや
 シニア、LGPTのグループがオープンエ   アーの芝でグラスを片手に楽しそうに話し  に興じています。実にいい、自由でいい、  互いに自己を尊重し合い相手への思いやりが見て取れます。
 
 それと、子供を見かけません。アジア諸国であれば必ずと言って良い程、夜遅くまで子供を
 連れて遊んでいる親を見ます。 欧州では レストラン でも子供を見ることは少ないでね、食事のマナーや公共性の場所での規則などの
 教育がしっかりされているように思います。  大人の遊び場、楽しみ方、を教えられた気がします。

 1000人以上の人々の胃袋を満たすフード・スタンドは、20箇所はありそうで、思考をこらした料理とドリンクを提供しています。
  ここでも感動です・・・  使い捨ての皿、フォーク、コップ、などでは使用しません。 周りにゴミ箱もありません。

 フード・スタンドの中央 →
 で
学生アルバイトと思える
 ボーイ’ズが食べ終わった
 陶器の食器を片付け、バッ
 クヤードで洗浄したガラス・
 コップと陶器の皿、ナイフ、
 フォーク、を各フード・スタン
 ドに運んでいます。 
 清潔感のあるフェスです。


 冬季には周辺一帯がスケートリンクになるそうです。 市庁舎の周辺がですよ・・・・・     続きます。。 

 

pagetop